銀河に浮かぶ

<いま、生きる> という事を考え、日常を過ごす

空海の宇宙観その5 空海が見たであろうもの、一で全

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今まで見て来た様に、

空海の宇宙観はいわゆるスピリチュアル的に

「すべて繋がっているんですよ〜皆んな仲間ですよ〜」みたいな事というより、

科学的思考、特に量子力学の知識を持って理解するのが1番近道であり真実だと、私は考えております。

 

いわゆる「悟る」という言葉がありますが、

悟りとは、この世の仕組みや在り方、人の在り方などをわかる事、だと思います。

知る・頭でわかる、というだけではなく、それが本当に真実だと、腹の底から理解すること。

そして、

悟ったら完成、ではないのです。

人として悟ったらもう神だ、ということは決してないと思います。

分かってから後、どう生きるか。

ということが大事なことであり、また悟りとは別の事です。

 

 

人は肉体を持って生きています。

そして肉体には限界があります。

肉体を持った存在である以上、この世のすべてのことを本当の意味で理解するのは

難しいことなのだと、私は考えています。

 

空海は、この世の仕組みなどをすべて理解し、所謂「悟った方」なのだと思います。

それはブッダなどと同様なのだと思います。

しかしブッダも、悟ったもののそれは人に伝えるのは難しいからと、一度はそのまま口を

つぐもうとしています。

空海も、同様な事を思ったに違いありません。

現代の量子力学をもってしてやっと、科学的に実証もされて来て人々に理解されやすいのではないかと思えることです。

それを当時の人々に伝えようというのは本当に難しかったでしょう。

しかしそれを空海は、出来る限り人にわかりやすく伝えようと努力をした人だったのだと思います。

 

その為に、図や立体を多用しています。

曼陀羅図や立体曼陀羅(仏像などを配置した3dの曼陀羅)、言葉、音、などなど。。

まずはイメージで伝えようとしていたのだと感じられます。

 

空海の開いたのは仏教の中でも真言宗(しんごんしゅう)という宗派ですが、

真言宗で拝む本尊の仏様というのは、大日如来(だいにちにょらい)という仏様です。

大日如来は、太陽神であり、また宇宙そのもの、一なる宇宙、であるとされています。

 

そして真言宗の考え方で、この世の全ては大日如来が様々な形を取って自分を表したものだ、とされています。

すべての物・生き物・自然・物事は、大日如来の化身だといいます。

細かい一つ一つのこと、ものは大日如来が擬態したであり、

また全体も大日如来である。

これは、非常に量子力学的ではないでしょうか。

 

全ては繋がっていて影響し合っていて、細部を見ればくっついたり離れたりしている。

しかしその細部も宇宙そのものである。

 

一であり全。

ということですね。

 

まだ続きます。。

 

          文: 満ちる